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自分の力を出し切ってみたい

そんな君たちを力強く応援します。

中学生になると、今まで親や先生の言うことをよく聞き、何でも話していた子が、急に言うことを聞かなくなり、日常の出来事を話さなくなったりします。
吸収力も小学生時代より飛躍的にアップし、いろいろなことを覚え、日々変化していきます。親離れが始まり、親といる時間よりも外で他人と接している時間のほうが長くなります。
中には、そのような子どもたちの変化を寂しく思う親もいるかもしれませんが、子どもたちが大人になっていくためには大変重要なことだといえます。


しかし一方、今まではいろいろなことをやろう、やらなければいけないと思ってがんばってきた子どもたちに、突如として、勉強の切り離しが起こることがあります。
今までやればできるんだと信じていた子どもたちが、中学の勉強の大変さや、クラブとの両立の難しさ、かなわないライバルの出現などによって、やっても無駄かとあきらめの気持ちになってしまいます。


この時期、子どもたちは悩みます。誰にもその本音の部分を語ることができず、でもいつも誰かの手助けを待っています。
子どもたち自身の変化が著しく、将来の人間形成に多大な影響を与えるこの大切な時期に、その成長の一部を担う塾として、私たちには子どもたちに正しく物事を伝え、子どもたちの正しい力を養っていく義務があります。偏った考え方や物の見方を排除し、「正確に観察し」、「判断し」、「実行できる」力をつけさせていく責任があります。


まだそれらの力が不十分であるから子どもたちはこの時期悩み、その悩みの解決の手助けをしてあげられるのは私たち大人なのです。私たちはまず、子どもたちに「実行力」をつけさせます。


それは行動を起こすことだけを求めるのではなく、行動を起こしてから結果を導き出すまでの一連の過程を構築する鍛錬をしていくのです。授業を受け、新しい知識を習得し、習練をする。授業を受け、新しい知識を習得し、習練をする。授業を受け・・・。


単調な作業ですが、その中で子どもたちの集中力や忍耐力、責任感といったものを鍛え上げていきます。


しかし、私たちはレールを敷いて、子どもたちがその上を歩いていく姿を単に応援しているわけではありません。私たちはこの時、子どもたちの旗手となり、行動を起こし、子どもたちと一緒に新しい道を切り開いていきます。その私たちのとる行動は子どもたちに、大きな安心感と勇気を与えます。


一見すると過保護なのかもしれませんが、結果を出すという責任を負わされるには中学生はまだまだ幼すぎます。私たちがこの段階で子どもたちに求めるものは「できた、できなかった」ということよりも「やった、やらなかった」ということなのです。
途中で投げ出さず、手を抜かず、与えられたことを最後までしっかりやり抜くことを重要視します。


ここで子どもたちはこれまでに自分がとってきた行動に対し、予測したとおりの結果が付いてくることも経験するでしょうし、結果が伴わないことも学ぶことでしょう。


なぜ、予測と異なる結果になってしまったのか、何がいけなかったのかを考えさせることによって、自分の甘さや誤りを知ることになります。うれしい思いをした子どもも、悔しい思いをした子どもも、子どもたちは結果の重要性に気づき始めます。
私たちも結果を出すことの重要性を説くことができるのです。


「判断力」は個々の過去の経験に基づくものであり、成功体験からだけでは正確な判断力は得られません。また、十分に力を出し切れていないと自らの限界値を知らないままでは、やはり正確な判断力には結びつくとはいえません。


全力を尽くした失敗を経験することによって、より研ぎ澄まされた自分自身の判断力を身につけることができるのです。


十分な判断力を身につけた子どもたちは、物事を多面的に捉えられるようになってきます。また、1つの事象だけでは判断できない場合、より多くの判断材料を求めることができるようになります。このように物事を「観察する力」が次第に鋭くなっていくのです。これらの力を身につけた子どもたちには少しずつ自分に自信を持ち、ひとりで考え、行動していけるようになっていきます。


私たちが指導している中学生の最終目標は高校受験です。
この大きなハードルを越えていった私たちの卒業生が、高校で、大学で、そして社会に出て、智学園で学んだ経験を活かしてくれることが私たちの願いです。